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高等遊民を目指すブログ

むらむらきていることをもじかするにっき
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夏の終わりによせて
少し前に我が家の犬がなくなった。
僕は身近な哺乳類の死というものに触れたことがほとんどなく。多分これが初めてではないかと思うぐらい。

僕はでかい犬の背中にしがみ付いて走ってもらうという野望を小さいときにもっていたのだが、残念ながら彼はそれほど大きくなかった。僕が乗ろうとしたら嫌がってていた。いろいろと特記すべきところはあったはずだがいざ思い出そうとすると出てこない。とにかくみなに愛される元気なよい家族であった。


去年ぐらいに腫瘍ができて、手術して、ちょっとずつ調子が悪くなっていって、それでもなんとか踏ん張っていて、という感じでここまでやってきた上でのことだったので、やっぱり悲しかったけど、いざ現実に直面してみると、かなりあっけなかった。ある程度は覚悟していたし、こういうものなのかと妙に納得さえもした。

彼の最後は、やせている事と舌がはみ出している以外はまったくもって普通で、幸いにも傍目にはそれほど苦しんだようでもなく、(家庭の事情的のことも考えると)うまくタイミングを見計らっていたようにも思える絶妙な刹那であった。

加えてたいへんみっともない格好で倒れていたので、最期まで愛嬌があった。

僕の最終的な目標は高等遊民ではなく、安心して死に(唯一安心できる瞬間ではないだろうか)、葬式で笑ってもらうことである。それができる彼はすごいいぬだと僕は感服した。なかなかできる芸当ではないのではないと思う。


つまり何が言いたいかというと、なんというか、この出来事を通して見るとあたらしいはじまりのようなものを感じることができたのだ。自然と死を前向きに捉えるという。非常に前向きな感情。





今は結構すっきり捉えられているがいつか突然感傷に浸って悲しむかもしれない。すっぱり忘れてしまうかもしれない。そのあたりはよくわからない。

しかしどんな感情であれとにかく彼をいつまでも覚えておくということが一番大切なのではないかと思う。
僕自身の一部分を構成し、そしてその先への布石を打っておいてくれた彼のことを。大事なことを見失いそうになったときに戻ってくる場所を。
この記事はそのための記録。



どっこい僕は今を生きている、ので時々手を抜きつつ回り道しつつさぼりつつも全力で疾走している心算である。後ろを振り返っている余裕も暇も頭もないのだ。だから時々、彼の往年の脚力でもって僕の記憶を追い抜き今に追いついて、こちらを振り返ってわざとらしいあくびでもしてくれればな、と思う。
| 雑記 | 04:34 | comments(0) | - |
真夏の夜
今日もぬめぬめと暑い日が続く。8月に入りTANI(否亮子)とかいうシガラミからもおさらば。世間一般でいう夏休みである。しかし学業から開放されたとはいえども、ここ最近は自宅警備のために日が昇るころに眠り、世間の人がハアハアいっているであろう昼ごろにあえて目覚める、という修行僧のようなストイックな生活を送っている。
30年物の扇風機だけでこのじめじめした空気と戦うのは一般人なら少し怯んでしまうところだが、そこはよく訓練されている僕である。背後に存在するたんすにガタイのいい全裸の兄貴が潜んでいる妄想に日々ふけりつつ菊門を引き締め、もとい、背筋を凍らせて、涼をとり何とか日々をやりすごしている。



---なぜこんな誰も見ておらずろくに更新してもいない日記の編集画面に向かいキーボードをふにふにする気になったかというと。
ごくごく個人的な小さな懺悔のためである。



漢のむせ返るようなパッションを流麗な文章にのせ、見るものの顔に気持ち悪い笑みを浮かべさせる彼らテキストサイト管理人を僕は尊敬してやまない。現実でどんなことが起ころうとそれをネタに昇華する力。それこそが大人の男の理想の姿であると、ネットサーフに熱心になってからというものずっと心の片隅に止めている。

ある日、忙しくサイト巡回に勤しむ僕の目にあるサイトが飛び込んできた。
さくさくとテンポのよい文章。自虐を交えつつも、ただの自虐に終わらせないさわやかな読後感。
「フヒヒ。ブックマークブックマーク。」
少し前に導入した○てなブックマークを弄りつつタグをつける。
「これはひどい…っと」
あろうことか当時の僕は「これはひどい」タグをつけた。その界隈では割とよく使われているものである。きっと面白かったが内容がゲスだと判断したのだろう。
おそらく数時間かけ、散々練った上の文章である。もちろん他の人はそんなタグはつけておらず、その文章に賞賛を送るものであったと記憶している。

それからしばらくして、僕のブックマークに彼からスターがつけられた。意図はよくわからないが、僕は自意識が過剰になり「きっとこれは責められているのだろう」と感じた。
僕は普段から自分に悪意を向けられぬよう、見ないように無意識に振舞っているように自分でも思う。だから自分に対する他人の意識には人一倍敏感である。人のことには省みもしないで。
そんな性格が影響し、自意識過剰になっていた僕は負い目を感じてブックマークを非公開にした。タグもはずした。

それからしばらくたった本日。お気に入りの整理に取り組んでいる最中に彼のサイトをふと、思い出した。
初めから、ログをたどって読んでみる。やはりおもしろい。どうしようもない過ぎた日々、現在、未来への感傷。
文章の中にも彼の性格が透けて見えていて、ある程度年を重ね、世の中の云々を見てきている諦観。そして時折見えるかすかな光明への憧憬。シモネタに隠れた彼のぐちゃぐちゃした思いを若造の僕は感じた。かつて読んだときには決してでてこなかった感想である。

その時僕は初めて、つまらない一瞬の判断で、素晴らしい作り手に対して(おそらく)不快な思いをさせてしまったことを後悔した。口で言うのは簡単であるが、創ると言う行為はとても大変で骨の折れることであると思う。
顔も見えず、相手の素性もわからない場だからこそ、慮らなくてはならない。手軽さと引き換えにしてまともな判断ができなくなりたくはない。



改めて読み返してみるとかなりくだらないことのように自分でも思うが、細かいことを気にしてしまうのもまたまぎれもない自分。
この文章は彼へのささやかで恐ろしく個人かつ内省的な、オマージュと懺悔である。

遠く離れた場所で僕のようなボンクラ学生の心をもてあそぶのだから、インターネットは面白い。まったく関係のない人に自らの色々なもやもやした思いを伝えられるという素晴らしい行為が、これからも、形を変えてもずっと、続いていけばいいと願う。




明日からも多分、暑い日はぬめぬめと続く。僕の家に日傘を差した岬ちゃんも来ないだろう。きっと永遠に。やってくるのは選挙の公報だけ。これだから実家は。
| 雑記 | 03:46 | comments(37) | - |